2015年4月15日水曜日

台湾の「民族(ethnic group)」のご紹介(1)

「平埔族(ヘイホゾク)」って誰ですか?[後編]

- ふたつの民族の狭間で -

ブログをお読みのみなさま、イランカラプテー!
今日もまたまたブログの担当者がチェンジして私、呉松旆からアップデートしましょう。
いつも応援して、支えてくださった皆様のお陰で、修士課程に入学できて、言葉で現せられないほど嬉しいです。これからも皆様とお互いに励まし合いで頑張り続けたいと思います ファイティング!

内容に入る前に、少しお知らせいたします。いよいよアイヌ・先住民族映画祭まで17日となりました!チケットのご予約はメールにて承ります。

 件名に 「予約/お名前」。本文に「お名前・人数・連絡先(携帯電話)」を記入し、ainu_ips_filmfest@yahoo.co.jp 宛にお送りください。


 今回はまた、「番人」、「蕃人」のような昔の差別用語が沢山出てきてしまうので不快に思う方もいらっしゃるかもしれません。申し訳ないですが、読んでみてください。
ここで、(前編)の部分を少しまとめておきましょう。下記の図を参考しながら、清朝時代および日本時代における台湾の「民族的図式」を踏まえ、第二次世界大戦後から今までの状況を考えていきたいと思います。

三、平埔族の位置づけ
清朝時代に、平埔族統治者に「番人」として見なされましたが、漢民族系の移民と同様に清朝の法律が適用されました。


日本時代は、「熟蕃」と「漢民族系の移民」はともに「帝国臣民」と見なされましたが、細かな、しかも網羅的な民族分類が研究されるようになったので、1935年以後、公的文章や戸籍にも一つの集団として「平埔族」と表現されるようになります。【訂正:公的文章→公的文書こうして「平埔族」は、本格的に現代国家の枠組みに押しこまれることになります。

1945 年以来、国民党政府は台湾を統治した後、高山族と一部の平埔族グバラン族やサオ族など)には、住むところの行政地域によって、「山地山胞」と「平地山胞」を区別しました。他の平地に住む埔族の人々は「漢民族」と同じように見なされました。
その時から、「平埔族」という身分が戸籍簿に消されてしまったのです。1950年代、国民党政府は平埔族が「平地山胞」に登録できるという方法を公布しましたが、実際に登録した平埔族はあまりいませんでした。
この一連の動きも現在の中華民国政府と台湾原住民委員会が、「平埔族が台湾原住民族にならない」という根拠になってしまっています。
 しかし、当時台湾の状況と今少なくとも表面的に多文化主義を強調する雰囲気は非常に変わっています。漢民族中心主義と中華思想に圧迫され、偏見と差別がよくある時代に、誰が「野蛮人」と思われたいでしょうか。しかも、元々平地に住んでいた平埔族」を「山胞」(山に住む兄弟のような意味)に登録させようとするのはおかしくはありませんか?


四、「台湾原住民族」の道を蛇行する
原住民運動の形成は 1980年代以来の一連の組織的動員の成果だと考えられます。台湾原住民族運動は(本省人を中心とした)民主化運動の流れに乗って、中華民国政府に対してこれまでの同化政策の変更を迫った結果であります。中華民国憲法への増修条文を始め、政府の公式文書にも「原住民(族)」、「台湾原住民族」という呼称を承認させることに成功しました。
さらに、漢民族(「平地人」)とは別の者として「原住民族」の法的身分を設定させることもできました。台湾原住民族の主体意識及びアイデンティティが次第に強くなってきています。しかし、平埔族のエリートたちも原住民運動の一員として参加したことも事実ですが、今はまだ平埔族は台湾原住民族」の身分を獲得してはいません。一体理由は何でしょうか?平埔族と政府(台湾原住民族委会も含む)の立場を整理してみましょう。

つまり、今台湾の状況は、「現代国家における法的『台湾原住民族』の身分は先住民自らによるものだけではなく、あくまで政府が規定したものだ!」というような残酷な意見を持っています。



 今日台湾における埔族の文化振興、権利回復は厳しいと思われますが、平埔族の中でもシラヤ族は着実に運動を進めているといえるでしょうシラヤ族は台湾原住民族」の身分をまだ取り戻してはいませんが、2005年に台南市による「市定原住民族」になっています。
 
 纏まらない話ですみません。もし質問があれば、いつでもご指摘ください。また次回お会いしましょう~



参考文献
沼崎一郎2014『台湾社会の形成と変容 二元・二層構造から多元・多層構造へ』東北
 大学出版社
若林正丈2008『台湾の政治 中華民国台湾化の戦後史』東京大学出版社
詹素娟2005「臺灣平埔族的身份認定與變遷(1895-1960戸口制度與人口調査的『種族』分類為中心」『臺灣史研究』

6 件のコメント:

  1. 只者です、こんばんは。
    初歩的な質問です。
    題名の「民族」をethnic groupとしているのも気になるところですが、それよりも、漢「民族」だけそう呼んで、台湾の原住民族はすべて、例えば平埔「族」のように、「族」としているのはなぜなのでしょうか。

    返信削除
    返信
    1. いつもいつココメントしていただき心より感謝しております。
      特にethnic groupに対応できる漢字は何がいいのかという点について、非常に嬉しい!
      「漢民族」という日本語の言葉を書いている時、私も非常に悩んでいます。

      大きく分けて、二つの理由があげられます。
      まず、台湾式の中国語の文脈において、英語のethnic groupに相応しい言葉は「族群」と思われます。そのため、台湾で「漢民族」という言葉は殆ど使われていません。台湾の言葉で民族=nationと族群= ethnic groupはある程度かなり分けています。

      次、もし必ず「漢民族」の意味を示す際、「漢人」を「漢民族」に代りに扱います。しかし、「漢人」の意味合いがあまりにも曖昧で、日常的な会話でも殆ど使われていません。
      ただし、「台湾原住民族」と【台湾原住民族ではなく、400年の前以来中国大陸から台湾に移民した人々】と区別する場合は、【台湾原住民族ではなく、400年の前以来中国大陸から台湾に移民した人々】を「漢人」として認識されます。個人的な意見ですが、「漢人」はethnic groupもしくはアイデンティティではなく、かなり適当な総称と思います。

      台湾式の族群/ethnic groupという概念を説明しなかったままに、台湾の『族群』を紹介してしまい、大変申し訳ございません。
      次回から台湾式の族群/ethnic groupという概念をみんな様に紹介させていただきたいとおもいます。さらに『族群』を「民族」に代りに、使わせていただけば、幸いです!

      削除
    2. 「族群」という言い方は面白いですね。日本語式に言うと、「族の群れ」ですか。日本語の感覚から言うと、ずい分とひどい言い方だなと感じますが、呉さんとしてはどうなのでしょう。
      日本語でも政府や古臭い学者たちはethnicを「種族」という訳の分からない言葉にしています。(文化人類学の先生の下で勉強していらしゃるようですから、詳しい背景をお尋ねになるといいでしょう。)

      ついでに、中国語は国連の公用語ですから、ethnic minoritiesやindigenous peoplesを中国政府がどう訳しているかを見てみると、おもしろいですよ。特に後者については、indigenous populationsが使われていた頃は、「土着居民」と訳していたと思います。

      削除
  2. 追記:
    「1935年以後、公的文章や戸籍にも一つの集団として「平埔族」と表現されるようになります。」これに従っているということでしょうか。
    (「文章」⇒「文書」ですね。)

    返信削除
    返信
    1. 丁寧に訂正していただきありがとうございます。

      削除
  3. このコメントは投稿者によって削除されました。

    返信削除