2015年5月13日水曜日

台湾の「民族(ethnic group)」のご紹介(2)   台湾の「四大族群」【上編】  (訳語:現代台湾の「四大民族」【上編】)


 ブログをお読みのみなさま、イランカラプテー!
 今日もまたまたブログの担当者がチェンジして私、呉松旆からアップデートしましょう。
 今回は、今日台湾で「族群」の分け方を、ブログをお読みのみなさまに紹介したいと思います。本文では、あえて英語のethnic groupを示す際には、日本語の「民族」という言葉の代わりに台湾式の「族群」という言葉を使用してみることにしました。
 「族群」という台湾式の用語が沢山出てきてしまい、うまく訳せない部分もあるかもしれません。申し訳ないですが、読んでみてください。不明な点がございましたら、気軽に質問していただけば、幸いです。

一、台湾の「四大族群」は何か?


 現代、台湾で人間集団を「族群」という単位で分けるのは、「四大族群」という言葉が強調されるようになってからです。もちろんそういう見方を否定したり、態度を決めかねるか人々もいました。かつ台湾社会に存在する多種多様な「族群」の複雑さが、「四大族群」という分け方当てはまらないと考えられていました。
 しかし、2000年以降、台湾社会で普遍的に受けられるようになりました。

 台湾でいう「四大族群」とは、図に示すように、それは「台湾原住民族」(先住民)、「客家人」(広東省からの移民系)、「閩南人」(福建省からの移民系)、「外省人」(戦後中国三十六省から移民系)がいます。その四つの「族群」の名前は、それぞれは他者と自己を区別するための自称ですが、実際には「四大族群」という見方は、台湾歴史上の異なる時期に現れ、三つの「族群」の分け方を一つに合成して生み出されるものです。

(王甫昌 『族群 現代台湾のエスニック・インジネーション』p.51


 第一に、「原住民」対「漢人」(中国からの移民系)という区別です。第二に、「漢人」の中にある「本省人」と「外省人」という区別です。第三に、本省人の中にある「客家人」、と「閩南人」という区別です。

 今中華民国が政府として統治している台湾は、中華文化が文化的ルーツは一般なイメージですが、台湾原住民族、移民社会、「多元族群」(多民族)の歴史的・文化的な重層性が同時に併存しています。

 現在、台湾人口(外国人抜く)の70%を占めるのは、中国王朝の最後から二番目の明朝の晩期以来、(約400年前、江戸幕府が成立した時期ぐらい)中国大陸南部の福建省からの移民を祖先にもつ「閩南人」です。
 かつ明朝晩期から清朝の時代に、広東省出身の移民を祖先にもつ「客家人」(13%)と「太古以来ずっと台湾という島に住む」先住民族としての「台湾原住民族」(2%)です。
 これら三つの「族群」のほかに、1945年(戦後)と1949年前後、中国大陸から台湾に来た「外省人」(15%)です。
  こうした現状を反映するように、最近台湾の交通手段の車内放送では、各種の台湾の言語(方言ではないと思うよね。すべでは愛する台湾の一部だ!)が流れています(ちなみに 英語 だけでなく 日本語 もよく流れていますよ(≧∇≦)キャー♪)。

二、「外省人」


 1949年、いわゆる「外省人」は中国大陸で中国共産党に負け、逃げるように、国民党とともに中国大陸の中国三十六省出身の人々が台湾へ訪れてきました。その国民党の「連中(笑)」が日本総督府にかわり、政権を握りつつ、彼らの価値観である 中華文化と中国語 を台湾で普及していきました。

 たとえば、小学校の時、宿題の問題集の裏に必ず「良い学生になろう。堂々中国人になろう!」と書かれていました(笑)
 また、両親が学生時代の時、学校で「閩南語」でしゃべってしまったら、絶対に罰されたそうです。さらに、不思議なことは台湾の国花は「梅」という台湾わずかの高い山にしか咲かない花だったり…(中国大陸の中華文化の文脈において は特別な意味を持つそうです)
 数えられないほど、台湾には合わないと思えるような奇妙なところがあります…

 それらは、すべての「外省人」は権威者・マジョリティの仕業と思われるかもしれません。ただし、「外省人」の一般市民について言うと、権力を持ち「外省人」のエリート(国民党の「連中」)の裏返しとして、「外省人」はよくないマジョリティの姿を負ってしまい、ほかの三つの「族群」のなかで、孤立せざるをえません。(泣)

三、「台湾原住民族」


「飛ばせ 飛ばせ 遥か夢の彼方へ
届けろ祖国の地へと 加油(ジャーヨ!) 岱鋼 今ここから」
 この歌は、北海道日本ファイターズでも大活躍しているプロ野球選手、陽岱鋼さんの応援歌です。実は、陽岱鋼は台湾の先住民族としてのアミ族出身です。(あまり関係ない情報 笑)

 「台湾原住民族」は全人口数の2%ですが、住むところの範囲が広く、特に東部(宜蘭、花蓮、台東)に住んでいます。2014年以降、先住民族として16部族が政府によって認定されています。
 人口が最も多いのは、花蓮、台東の平原に住むアミ族です。次、南部の山に住むパイワン族、中北部の山に住むタイヤル族(台湾の芸能人、ビビアン・スーはタイヤル族と「外省人」のハーフ)です。

 元来、台湾の先住民族は、いわゆる「台湾原住民族」というアイデンティティーが存在しませんでした。終戦以前には、彼らの帰属意識や愛着の対象は自分の村としたものだったのです。ただ、1980年初期に「原住民運動」がはじまるなかで、「原住民」にとって「漢人」を共通の抑圧者として考えられることで、「台湾原住民族」というアイデンティティーが生み出されました。

 今回は、ここで一回ブレークしましょう。また、次回お会いしましょう~

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